青島手帖

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三沢光晴お別れ会

三沢光晴お別れ会〜DEPARTURE〜(献花式)が執り行われる「ディファ有明」へ。
移動先にある駅構内の花屋さんで献花を選ぼうと思っていたけれど、まだ時間に余裕があるので、ご近所のお店で用意をした。ついでに水分補給にとペットボトルのお茶も持参した。後々に分かったのだけど、コレが大正解だった*1
百田副社長のコメントによると、献花式の準備段階で5000人くらいと見積もっていたらしい。実際にはそれどころの人数ではなかったのだ*2
大井町駅構内で献花を持った人達を多く見かけるようになってきた。
国際展示場駅を下車すると、献花を持った多くの人達がゾクゾクと集結し、列となってディファ有明に向かっている。
13時20分、ディファ有明へ到着。敷地内には、すでに凄まじい人数が一般受付の時間を待っている。多分、彼らは前日か早朝に会場入りしていたのだろう。
列の最後尾へ移動。道沿いに新日プロレスのバスと足利工業大付属高のマイクロバスが停車している。
4人くらいずつ並んだ行列が、有明テニスの森駅から有明北橋を渡りきった先まで伸びている。列の最後尾に到着。13時30分。カウントしているスタッフによると、この時点で3700人並んでいるそうナ。
行列は瞬く間にどんどん伸びていく。14時00分になったものの、まだ関係者の献花式が続いているらしい。
14時15分。ほんの数歩移動しては15分停滞というカンジの進み具合。なにげなく後ろを振り向くと、列の最後尾がゆりかもめ市場前駅を超えて、新豊洲駅に届きそうな勢いで伸びているのが確認できる。おおおお*3。それでも尚、次々と献花を持った人達が最後尾へ向かって歩いているのだ。この時点で間違いなく一万人は軽く超えるナと思った。
薄曇りで運河から吹き抜ける風が涼しいのが幸い。近くに並んでいた人が「あ、川だ」と言った瞬間、「え?川田?」と振り向いてしまった自分がハズカシイ。

15時25分頃になると、突然列が進み始め、有明北橋を渡り終えた。ジワジワと列は進み、有明テニスの森駅を超えて、ディファ有明が見えてきた。歩道が広くなったからか、スタッフより4列並びを6列にして詰めてもらうよう指示がある。
更にディファ有明の敷地内でも、できるかぎり道幅いっぱいに広がって列を詰めるように指示される。多分、この効果で列が進んだのだろうナと思った。
15時50分頃、名前のみの記帳。記帳を終えた人から献花式の会場へ入る。会場の通路に「三沢光晴 栄光の軌跡」のパネルが展示されている。色々と事情があるのだろうけれど、ディファ有明敷地内で並んでいる時にこのパネルを見られるようにすれば、会場内の混雑が少し緩和できたかもしれない。
献花式の会場にはエメラルドグリーンのカーテンにチャンピオンベルトを巻いた三沢選手の遺影が掲げられている。リング脇に設置された机に献花を捧げ、手を合わせる。お疲れさまでした。ゆっくり休んで下さい。
献花台のリング周囲はある程度の入場制限が行われているので、長居をするのは申し訳ない。すぐに出口へ向かう。ノアの選手が献花に訪れた方々一人一人に黙礼をしている。選手は皆、悲痛な表情で胸が痛む。16時20分に会場を後にする。

三沢選手が亡くなられて三週間ほど。時間が経つごとに辛さだけが際立って来る。
若手の頃から有望視されて、メインエベンター*4として大活躍。プロレス団体の社長になり、人望が厚く誰からも頼られていた。ほとんどのプロレスラーが「こういう人生を歩みたい」と憧れていたのではないだろうか。
その三沢選手が、ある日前触れもなく、リング上で帰らぬ人となってしまった。命を削って試合をしていたのだと思うと、プロレスを応援していた私は加害者なのだろうかと哀しくなるのだ。いまだに言葉は見つからない。
そんな中、バッサリと発言ができる日明兄さんはやっぱり凄いナ・・・。
前田日明から見た「三沢光晴の死、そしてプロレスの未来」(前編) - 日刊サイゾー
前田日明から見た「三沢光晴の死、そしてプロレスの未来」(後編) - 日刊サイゾー
多分、プロレスより格闘技側にいる日明兄さんは三沢選手とほとんど会話をした事がないのだろう。ちょっと話がちぐはぐに感じる。三沢選手は一度試合が始まると、脱臼しようが骨折しようが、試合の途中でリングを降りないのだ。自分に(川田選手にも)厳しいのだ。
ライセンス制より、相撲部屋のようなプロレスラーを養成する機関があるとよいのではないだろうか。かつてSWSでそういう話がでていたように記憶している。
三沢選手は、高校生の頃からの後輩になる川田選手に対して、かなり厳しい態度で接していた*5
プロレスの歴史の中で何か波乱があると、その度に川田選手は先を見越した「一見自分勝手で直感的な行動」を起こすのだ。それに対して三沢選手は「自分にない何かを持っている」という不安を感じていたのかもしれない。
三沢選手と川田選手、この二人が手を取り合っていたらバランスが取れていたのではないだろうか。「まぁ、それはないよネ」と三沢さんは言いそうだケド。

*1:最寄り駅の花屋さんやコンビニは長蛇の列だったらしい。

*2:三沢光晴お別れ会〜DEPARTURE〜(献花式)には26000人(主催者発表)もの人々が訪れた。18時で受付終了だった予定を19時30分に延ばし、閉会後も会場出入り口に献花台を設けられた。

*3:この列は市場前駅から晴美大橋を超えて、大江戸線の勝どき駅近くまで続いたらしい。

*4:プロレスの最終試合はメインエベント?メインイベント?

*5:余計な一言を付け加える川田選手にキレて張り倒すも、すぐに起きあがりニコニコしながら付いてくるというエピソードがある。ある意味ちょっとコワイな。